昼の気温の高い頃でもつくつくぼうしはあまり鳴かなくなり、秋の訪れを感じるようになった。
もうすこしすれば紅葉を楽しめるようになるだろう。
しかし、殿の秋はこれだけではない。
年中食ってばかりいる殿でも、秋はとくに食欲の季節らしい。
稲刈りが済むと、俵に詰めた新米が城の米蔵に運び込まれ、そこで収穫を量る作業が行われる。
その場所は殿の部屋からよく見えるため、毎年作業を眺めては、
「炊きたての新米を美味しい梅干しで腹いっぱい食べたいなぁ」
と、待ちきれない様子である。
「よりあに」
殿の部屋で仕事をしていると、ふと殿が俺を呼んだ。
「今年もそろそろだね」
米蔵のほうを見やって、殿は例の「待ちきれない」といった顔つきで言った。
「今年も長雨に遭わず、好天に恵まれたので、稲の出来は良いそうですよ」
俺がそう報告すると、殿は、
「そうか、豊作か」
また格段と嬉しそうに笑って、「待ち遠しいなぁ」と呟いた。
秘境とも隠れ里とも言われる、この肥沃な球磨の地。
ここを治める殿は、実は相当な幸せ者なのかもしれない。
そう思いながら、殿様の御ため、新米の石高の測定が終わり次第、それを炊いて殿にお出しするように台所の連中宛てに書きとめた。
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