今日は七夕だ。
俺は夕方頃、書くように言われていた短冊を殿に提出した。
殿は自ら、二の丸の広場に設置した七夕飾りに、家臣が書いた短冊をくくりつけていた。
「あ、書いたの」
振り向いて俺から短冊を受け取ると、見もせずに笹の葉に飾りつけた。
台所の連中が、周りで行ったり来たり、忙しなく働いていた。
宴会でも始めるつもりらしい。
俺はこういう騒ぎは好きではないので、再び飾りつけを始めた殿に『では』と言って部屋に戻ろうとした。
しかし殿は、
「よりあに(=頼兄)、一緒に食べよう」
と俺の襟巻きを引っ張り、冷たい器-中には素麺が入っていた-を俺に持たせた。
ちょ、冷たい苦しい冷たい。
殿と座るのに丁度いい石に腰を下ろし、並んで素麺をすすった。
いまが戦国の時代であることなど、そんなことは忘れてしまうような穏やかな夜だった。
「よりあには何を書いたの」
日が暮れて、ほぼ暗闇となった頃、殿はふと呟いた。
『謀略がすべてうまく実るように』と書きました、と俺は答えた。
「よりあにらしいね」
殿は特有の薄ら笑いを浮かべた。
「僕は、旧地を失わず、士名を堕とさず、ここを守っていきたい…と書こうとした。でも、なんか違ったんだ」
殿は箸できゅうりを刺した。
「父さんや兄さんが遺してくれた優秀な家臣たちの期待に応えられるように、地に足つけて、理想を現実にするような甲斐性よりも、現実のなかを確実に、実利の有る無しを基盤にして態度を決めるような…そんなしぶとい強さをもった政治をしよう、と思ったんだ」
それは『願い』と言うより『誓い』ですね、と俺が言うと、殿は「あぁそうか…ちょっとずれちゃったね」と小首をかしげて頭を掻いた。
殿がそこまで言うのなら、俺も殿の役に立てるように、日々謀略を磨いていこうと思った。
しかし、殿。
素麺に梅おろしをかけるのは、複雑です。
相良家の家紋でもある梅を、相良家の当代の目の前で食わされる身にもなってください。
俺は夕方頃、書くように言われていた短冊を殿に提出した。
殿は自ら、二の丸の広場に設置した七夕飾りに、家臣が書いた短冊をくくりつけていた。
「あ、書いたの」
振り向いて俺から短冊を受け取ると、見もせずに笹の葉に飾りつけた。
台所の連中が、周りで行ったり来たり、忙しなく働いていた。
宴会でも始めるつもりらしい。
俺はこういう騒ぎは好きではないので、再び飾りつけを始めた殿に『では』と言って部屋に戻ろうとした。
しかし殿は、
「よりあに(=頼兄)、一緒に食べよう」
と俺の襟巻きを引っ張り、冷たい器-中には素麺が入っていた-を俺に持たせた。
ちょ、冷たい苦しい冷たい。
殿と座るのに丁度いい石に腰を下ろし、並んで素麺をすすった。
いまが戦国の時代であることなど、そんなことは忘れてしまうような穏やかな夜だった。
「よりあには何を書いたの」
日が暮れて、ほぼ暗闇となった頃、殿はふと呟いた。
『謀略がすべてうまく実るように』と書きました、と俺は答えた。
「よりあにらしいね」
殿は特有の薄ら笑いを浮かべた。
「僕は、旧地を失わず、士名を堕とさず、ここを守っていきたい…と書こうとした。でも、なんか違ったんだ」
殿は箸できゅうりを刺した。
「父さんや兄さんが遺してくれた優秀な家臣たちの期待に応えられるように、地に足つけて、理想を現実にするような甲斐性よりも、現実のなかを確実に、実利の有る無しを基盤にして態度を決めるような…そんなしぶとい強さをもった政治をしよう、と思ったんだ」
それは『願い』と言うより『誓い』ですね、と俺が言うと、殿は「あぁそうか…ちょっとずれちゃったね」と小首をかしげて頭を掻いた。
殿がそこまで言うのなら、俺も殿の役に立てるように、日々謀略を磨いていこうと思った。
しかし、殿。
素麺に梅おろしをかけるのは、複雑です。
相良家の家紋でもある梅を、相良家の当代の目の前で食わされる身にもなってください。
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