午後、仕事をしていると、殿が
「今日の晩御飯はみんなで食べようよ」
と言い出した。
「それは良いですね。大広間に集まって皆で豆まきをし、恵方巻きを食べるのですね」
傍で先月分の会計資料をまとめていた深水頼蔵も賛成し、俺に同意を求めるような視線を送った。
「では、そのように知らせを出しておきます」
雰囲気に負けて俺は仕事を中断し、「節分行事の知らせ」を書いて皆がよく通る場所に貼っておいた。
夜、貼り紙を見た者から口伝に聞いたのか、1人も欠席することなく全員が大広間に集まった。
型通りに豆まきをしたあと、年の数足す1の大豆をとって膳の上に盛ると、予想以上の大盛であった。
「このようなときに、改めて年齢を実感しますね」
頼蔵がそう言ったのを岡本頼氏殿が聞き、
「確かにその通りですな」
と、どうしようもないほどに膳に盛られた大豆を眺めて愉快そうだった。
膳からこぼれそうになるほどの大豆を盛ることは、それまで生きてこられたということである。
実はたいへんな幸せであるのかもしれない、と俺は思った。
恵方巻きに手を付ける前に、殿が
「今年もみんなが元気でいられるように」
と自分の願いを言って盛り上げたあと、揃って今年の恵方である東北東を向いて食べた。
俺の願いは、変わらず殿様の御ためである。
邪気が入りやすいと言う季節の変わり目に邪気を払ったので、今年もお家安泰のためにつつがなく働くことができるだろう。
その後、場は例の如く酒宴になだれ込んだ。
頼氏殿は大豆をつまみに酒を飲んでいたが、大豆がなくなるには小一時間掛かっていた。
PR
COMMENT