このところ雨や曇りの日が続き、一時春を思わせた暖かさは一変、昼間も寒くなった。
昼食の味噌汁で温まろうとしたものの、味噌汁如きにそのような大役が務まるはずもなく、ついには炬燵にもぐり込んだ。
さほど時間は経っていなかっただろう、「よりあに」と繰り返し呼ばれる声で気が付いた。
いま思えば大変無礼に値するが、俺は炬燵で昼寝の姿勢のまま、
「なにか御用ですか」
と殿に訊ねていた。
それでも殿は気にした素振りも見せず、
「用はないよ。ちょっと見に来ただけ」
と、いつもの陽気な声でそう答えた。
「なにを見に来たのですか」
「よりあに」
俺はそこでようやく目が覚めた。
俺を見に来たとはどういうことなのか。
急いで起き上がり、襟巻きを直した。
「昨日、僕が頼蔵をひいきするようなことを言ったから、よりあにがふて寝していないかと思ってさ」
「まさか。そのようなことは致しません」
「でも、昨日僕の部屋を出るとき不満気だったから」
さすが相良の血の者である。
俺は表情豊かではないが、そのなかの微妙な変化さえ見取られていた。
「殿はそのようなことは気にしなくてもよいのです。殿が頼蔵にこれまで通り奉公させると決めたのならば、私は頼蔵の働きを阻む者が現れぬように励むのみなのです」
殿は一度頷き、「ありがとう」と微笑を浮かべた。
ほんとうに必要があるときは、殿の考えなどねじ伏せて諫言する。
が、まだ選択肢のある状況下にあるいまは諫言を控え、殿様の御ため、殿の考えが台無しにならぬよう支えてゆくことを選ぶ。
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