時折、殿の机の上に与えた覚えのない菓子が置いてあることがある。
とくに近頃は頻繁に目にしているので、思い切って「これはどうしたのか」と訊ねてみると、頼んでもいないのに家臣が持って来たということだった。
かつては、嫌々ではあるが、俺も殿が腹が減ったと訴えれば握り飯やらなにやらを与えていた。
しかし、下心を持って食い物を出したことは一度もない。
「そうでしたか」
俺は殿にはなにも言わず、のちに廊下で会った同僚に、
「殿の機嫌取りのために菓子を贈るのはやめていただきたい」
と注意した。
すると、彼は
「あなたに比べれば可愛いことだと思いますけれど」
と、如何にも煙たげにそう答えた。
「俺が汚い手を使って殿に近づいたと言うか。根も葉もないことを」
語気荒く反論すると、相手は鼻で笑った。
「御家中の者の、あなたに対する雰囲気を見ればわかるでしょうに」
それは前々からよくわかっていることだった。
自分には、御家中には気心の知れた人は1人もいない。
しかし、諸人が憎しみをもっても、顧みぬほどの御奉公をするほどの人物こそ、忠貞と思し召される者なのだ。
「よりあにー」
殿が俺を呼ぶ声によって言い争いは中断された。
「うまく気に入られているようですね」
ひとつ嫌味を残し、相手は振り返って去っていった。
殿様の御ためならば、孤独になろうと憎まれようと、それは些細な問題にもならない。
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