午後、久し振りに岡本頼氏殿に出会った。
俺は一礼して挨拶し、他愛ない世間話でもしようかと思ったが、頼氏殿が先に意外なことを俺に尋ねた。
「頼兄殿が最も鮮明に覚えている殿との思い出と言えば、なんですか」
突然のことに俺は呆気に取られたが、とりあえず真面目に考え、
「昔、殿が薩摩に行ったときのことはよく覚えていますが」
と答えた。
俺が薩摩まで送ることは許されず、御下門から出て行く殿の後ろ姿を、見えなくなるまで見送ることしかできなかった。
いつ帰って来られるのか、そもそもここに帰って来られるのか、まだ若かった俺にはそれが辛い種だった。
「なぜこのようなことをお尋ねになられたのですか」
「頼兄殿は、あのとき殿を薩摩に取られてしまったことを己の不甲斐なさとして受け取り、そのために、いま殿のために必死に御奉公しているのでしょう。あなたのような方が、狭量な他人の言葉で潰れてしまうとお家のためになりません。周囲のことは気にせず、これからも変わらず励んでください」
そう言うと、頼氏殿は「それだけです」と言い残して廊下を歩いていった。
きっと、噂で昨日のことを耳にしたのだろう。
いまの俺の殿様の御ためが昔の反動かどうかはわからないが、原動力があれば志が途切れることはない。
そして、事あるごとに俺を励ましてくれる頼氏殿に感謝したい。
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