荷造りが済むと、俺は殿の部屋に挨拶に行った。
殿は俺がなにを言いに来たのかすぐに分かったようで、俺を見るなり
「ああ、そうか。今日帰るんだね」
と言った。
俺は殿の前に座り、今年もお世話になりました、と一礼した。
「僕こそ、よりあにには色々世話を掛けたよ。ありがとう」
殿に「ありがとう」と言われ、俺も慌てて「ありがとうございました」ともう一度礼をした。
「正月くらいはよく休んで、また来年も側で働いてよ」
「もちろん、来年のみと言わず一生殿様の御ために仕えさせていただきます」
俺がこう言うと、殿は満足そうに「うん」と頷いた。
良いことも悪いことも含め、今年も様々な出来事があった。
それらに対して、俺は殿様の御ためになる最善の処置をとることができたのだろうか。
そしてその対処は、短絡的で見てくれだけの、内容のないものではなかっただろうか。
城を下りて城下町の喧騒の中を進む足を止め、俺は振り返って城を見上げた。
すでに葉が散り、枝と幹だけになったイチョウの木が、二の丸の城壁の上から覗いて見えた。
夏、俺が木の上で昼寝をしていると、下から殿が「桃を食べよう」と誘ってくれた木だ。
冬、殿が茶碗蒸しを思い出した木だ。
木ひとつと言えどもそれには多くの思い出が伴っており、またそれは今年を見直す情報でもある。
残り1日半となってしまった今年のうちに、思い出を元に今年の殿様の御ためを十分検討・反省しよう。
そう思って向き直り、再び歩き始めた。
父はみかんが好きであることを思い出し、途中の店で1盛り買って帰った。
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