昼食の支度で台所が忙しなくなる前に、俺は茶を貰いに行った。
殿のぶんを合わせて2杯淹れるように言い、なにげなく調理場のほうを見ると、蓮根の入ったざるが台の上に並んでいた。
すると、俺の視線に気が付いたらしい者が、
「本日のご昼食にお出しする蓮根です。ほかの野菜と一緒に、煮付けにさせていただく予定です」
と言った。
「煮るのか」
俺は茶の入った湯呑みを受け取りながら呟いた。
「俺には料理の都合はわからないが、天ぷらにするのは無理なのか」
「いいえ。もちろん天ぷらにもできます」
台所の者は即答した。
「ではそうしてくれ」
俺は献立を変更させ、部屋に戻ろうとしたが呼び止められた。
「あの、殿様は煮物がお嫌いなのでしょうか」
恐る恐ると言ったふうに少し頭を下げ、その者は緊張した面持ちでそう訊ねた。
どうやら俺は誤解を与えてしまったらしい。
「それは違う。ただ、煮物より揚げ物のほうが腹が太るので、殿様の御ためには天ぷらのほうが良いだろうと考えただけだ」
理由を告げると、台所の者たちの表情がやわらかくなり、緊張が解けたようだった。
「むしろ、殿はお前たちの作った料理がほんとうに好きだ。いつも美味そうに食べている。それに加えて、殿が体調を崩さず健康でいられるのは、食事のおかげだと言える。これからも仕事に励んでくれ」
俺は今度こそ台所を後にした。
PR
COMMENT