姿を見掛けると跡をつけ、柱の影から様子を窺った。
部屋に入ってしまうと、踏み込んでいくか出てくるまで待つかひたすら悩んだ。
一言で言えば、今日俺は深水頼蔵をつけまわしていた。
もちろん、例の123人目の訪問者からの要求を果たすためである。
だが、奴には1人でいる時間があまりない。
廊下を歩く際は、ほぼ確実に誰かと談笑しながら歩いている。
俺はとにかく頼蔵が1人の場面を狙っていたので、意を決し、次に奴が部屋に戻ってきたときに斬り込むことにした。
「頼兄殿、なにか御用ですか」
部屋の前で硬直しながら待っていると、いつもの腹の立つ微笑を浮かべた頼蔵が戻ってきた。
「この書類で訊きたいことがある」
俺は予め用意しておいた書類を差し出した。
当然ながら、実際はその書類に不明な点などはない。
「そうですか。では中で伺いましょう」
頼蔵は快く俺を部屋に通した。
勧められた座布団に座り、少し部屋の中を見回した。
女から贈られたものと思われる置き物が棚の上に並んでいた。
頼蔵は書類にさっと目を通すと、すぐに俺の疑問を解消した。
さらに、
「この書類のほかに、似た内容のものがありませんでしたか?それを見ればより詳細がわかりますよ。でも」
頼蔵は怪訝そうな顔になった。
「この案は、たとえ通ったとしても寿命は短いでしょうね。内容が対症的ですから、根本からの解決には程遠いでしょう」
そうか、と俺は呟いた。
「俺がお前のように物事を達観でき、その上細部まで分析する能力に長けていれば、わざわざお前のところに訊ねに行く必要もなかっただろうな」
しばらく沈黙が流れたが、頼蔵の失笑がそれを破った。
「それは褒め言葉として受け取っておきましょう」
明らかに不自然、かつ自分らしい嫌味のある言葉遣いに居たたまれなくなり、俺は頼蔵への礼もそこそこに自室に逃げ帰った。
あと2回である。
やりきれないが、俺が武士らしく約束を果たすことも殿様の御ためと考え、実行しようと思う。