まだ娘の機嫌が直らないということで、今日も約束は延期された。
気長に待つことには慣れている。
その上、椎葉の美味い茶をすすりながら美しい山岳重畳たる山々を眺めることができ、休養にもなった。
「犬童殿。妹がご迷惑をお掛けし、たいへん申し訳ありません」
庭に出て景色を眺めていると、屋敷のほうから声を掛けられた。
「息子の那須久太郎と申します」
そう言って会釈したのは、弾正の嫡男だった。
彼に近寄って挨拶したところ、確かに露袈裟の兄だろうと感じた。
美しいと噂される妹の兄らしく、彼もまた整った顔立ちだったのである。
あの厳めしい父親とは少しも似ておらず、おそらく母親の血が濃く出たのだろう。
「露袈裟はどうも我が儘の気があるようで、気が済むまではどう説得しても聞く耳すら持ちません。球磨から険しい山々を越えていらしてくださったと言うのに、誠に申し上げようもありません」
兄は再び頭を下げ、俺は滅相もないと久太郎をなだめた。
「突然、遠方のくにへ嫁げと言われたのです。それは大いに困惑することでしょう」
領内の武家に縁づいた姉上でさえ、数日は思い悩んだものである。
それを兄に話すと、
「左様ですか。そうお考えいただけると、私共も救われる思いが致します」
と、またもや頭を下げた。
妹が気の強い性格ならば、兄は少々小心なのかも知れない。
「それにしても、私もいつかは相良の殿様にお会いしたいものです。いや、こうやって殿様の側近を務めておられる犬童殿にお会いできただけでも、舞い上がるほどに嬉しい」
「そのお言葉、殿にお伝えしておきます」
そう言うと久太郎は本当に舞い上がり、真の武家とはやら誠の武士とはやら、熱心に語り始めた。
彼は父が地位を築いた後に元服し、ろくに戦に出たことがないそうである。
それ故にか、戦における美だとか義だとか論じていたが、この波乱の世の中で生き延びるには、力あるものは力で、力ないものは謀で身を守らねばならない。
優先すべきは主家の存続である。
殿様の御ためには、格好に構わず無慈悲であることも厭わぬ心持ちであらねばならない。
気長に待つことには慣れている。
その上、椎葉の美味い茶をすすりながら美しい山岳重畳たる山々を眺めることができ、休養にもなった。
「犬童殿。妹がご迷惑をお掛けし、たいへん申し訳ありません」
庭に出て景色を眺めていると、屋敷のほうから声を掛けられた。
「息子の那須久太郎と申します」
そう言って会釈したのは、弾正の嫡男だった。
彼に近寄って挨拶したところ、確かに露袈裟の兄だろうと感じた。
美しいと噂される妹の兄らしく、彼もまた整った顔立ちだったのである。
あの厳めしい父親とは少しも似ておらず、おそらく母親の血が濃く出たのだろう。
「露袈裟はどうも我が儘の気があるようで、気が済むまではどう説得しても聞く耳すら持ちません。球磨から険しい山々を越えていらしてくださったと言うのに、誠に申し上げようもありません」
兄は再び頭を下げ、俺は滅相もないと久太郎をなだめた。
「突然、遠方のくにへ嫁げと言われたのです。それは大いに困惑することでしょう」
領内の武家に縁づいた姉上でさえ、数日は思い悩んだものである。
それを兄に話すと、
「左様ですか。そうお考えいただけると、私共も救われる思いが致します」
と、またもや頭を下げた。
妹が気の強い性格ならば、兄は少々小心なのかも知れない。
「それにしても、私もいつかは相良の殿様にお会いしたいものです。いや、こうやって殿様の側近を務めておられる犬童殿にお会いできただけでも、舞い上がるほどに嬉しい」
「そのお言葉、殿にお伝えしておきます」
そう言うと久太郎は本当に舞い上がり、真の武家とはやら誠の武士とはやら、熱心に語り始めた。
彼は父が地位を築いた後に元服し、ろくに戦に出たことがないそうである。
それ故にか、戦における美だとか義だとか論じていたが、この波乱の世の中で生き延びるには、力あるものは力で、力ないものは謀で身を守らねばならない。
優先すべきは主家の存続である。
殿様の御ためには、格好に構わず無慈悲であることも厭わぬ心持ちであらねばならない。
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