今日は、球磨川のほとりで花火大会があった。
川岸に町人や農民たちが団扇を片手に集まり、花火が打ち上げられる度に歓声を上げていた。
もちろん、殿はこういう行事に目がない。
本丸にある護摩堂(この城には天守閣というものが無い)に上り、そこで花火を楽しんでいた。
酒を飲みながらなのは言うまでもない。
「昔も、兄さんと弟と3人でここに来て、花火を見たっけ」
それはかれこれ10年以上前の話である。
俺が「覚えておいでですか」と言うと、殿は頷いた。
「ここで見たいって3人で言ったら、父さんが上るのを特別に許してくれた。花火が目の前で見えて、その迫力が楽しかったのを覚えてるよ」
殿の言葉の合間ゝに、花火の打ち上がる音が響いていた。
「でも、もうだれも居ない」。
殿の背中はそう語っているようだった。
殿はまれに、淋しげなことを言ったり、そのような表情をしたりする。
そのときがまさにそうであった。
もしかすると、殿にとって必要なものは、一国の主という身分や権力でも、さらにそれを維持するための補佐役である俺でもなく、家族だったのかもしれない。
身内が利用されて死んだり、互いに自由に会えなくなるようなことが普通に起こり得る武家の世界よりも、この城下の川沿いで花火を眺めている、町人や農民の暮らしのほうが合っていたのかも知れない。
しかし、たとえそうだとしても、殿が現実を捨てたところで、父親や兄が戻るわけでもない。
殿には、殿という職を生涯全うする以外にほかの生き方など無いのである。
「よりあに」
俺は呼ばれてふと我に返った。
なんですか、と訊くと、
「お代わり欲しいな」
と、空になった冷酒の容器を指差して言った。
色々と、俺の考えすぎなのだろうか。
夏の祭りのときくらい飲ませてやろうと、殿様の御ため、俺は容器を持って護摩堂を下りた。
川岸に町人や農民たちが団扇を片手に集まり、花火が打ち上げられる度に歓声を上げていた。
もちろん、殿はこういう行事に目がない。
本丸にある護摩堂(この城には天守閣というものが無い)に上り、そこで花火を楽しんでいた。
酒を飲みながらなのは言うまでもない。
「昔も、兄さんと弟と3人でここに来て、花火を見たっけ」
それはかれこれ10年以上前の話である。
俺が「覚えておいでですか」と言うと、殿は頷いた。
「ここで見たいって3人で言ったら、父さんが上るのを特別に許してくれた。花火が目の前で見えて、その迫力が楽しかったのを覚えてるよ」
殿の言葉の合間ゝに、花火の打ち上がる音が響いていた。
「でも、もうだれも居ない」。
殿の背中はそう語っているようだった。
殿はまれに、淋しげなことを言ったり、そのような表情をしたりする。
そのときがまさにそうであった。
もしかすると、殿にとって必要なものは、一国の主という身分や権力でも、さらにそれを維持するための補佐役である俺でもなく、家族だったのかもしれない。
身内が利用されて死んだり、互いに自由に会えなくなるようなことが普通に起こり得る武家の世界よりも、この城下の川沿いで花火を眺めている、町人や農民の暮らしのほうが合っていたのかも知れない。
しかし、たとえそうだとしても、殿が現実を捨てたところで、父親や兄が戻るわけでもない。
殿には、殿という職を生涯全うする以外にほかの生き方など無いのである。
「よりあに」
俺は呼ばれてふと我に返った。
なんですか、と訊くと、
「お代わり欲しいな」
と、空になった冷酒の容器を指差して言った。
色々と、俺の考えすぎなのだろうか。
夏の祭りのときくらい飲ませてやろうと、殿様の御ため、俺は容器を持って護摩堂を下りた。
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