廊下を歩いていると、深水頼蔵に会った。
久々に見ても癪に障る笑顔だった。
「頼兄殿、風邪は治ったのですか?」
俺が頷くと、
「それは良かった。殿からあなたが風邪を引いたと聞いて、もしかするとまた川にでも落ちたのではないかと思っていました」
変わらず笑顔で奴はそう言った。
随分昔の子供の頃、俺は頼蔵に川に突き落とされたことがある。
いまのように寒い時期で、頼蔵には腹を抱えて笑われ、襟巻きから足袋まで濡れて凍え、帰宅してその有り様の理由を説明すれば父に叱られ、その後3日は風邪で寝込み、散々だった。
腹の立った俺は、嫌味には嫌味で返してやろうとしたが、
「あ、そう言えば、面白い菓子が手に入ったのですよ。これを殿のところに届けていただけますか?」
頼蔵は紙袋を差し出した。
中には、まだ湯気の立っているたい焼きが数匹、いや数個入っていた。
「よろしかったら頼兄殿もどうぞ食べてください」
頼蔵に言い返したい反面、殿様の御ためにはたい焼きを温かいうちに殿にお出ししなければならない。
俺は出掛かっていた言葉を飲み込んだあと、
「わかった。今から殿の部屋に行く」
と言って頼蔵の前をあとにした。
頼蔵には、殿様の御ためならば歯痒い場面でも引き下がる俺の性格を完全に逆手に取られてしまった。
その点がまた、頼蔵に対する嫌悪感をよりいっそう引き立てた。
殿にたい焼きを出すと、「冬はこういうのが美味しいね」と喜んで食べていた。
殿が食べたたい焼きは、すべて頭の先から尻尾の先まで餡が詰まっていたが、俺のたい焼きは尻尾がすかすかであった。
久々に見ても癪に障る笑顔だった。
「頼兄殿、風邪は治ったのですか?」
俺が頷くと、
「それは良かった。殿からあなたが風邪を引いたと聞いて、もしかするとまた川にでも落ちたのではないかと思っていました」
変わらず笑顔で奴はそう言った。
随分昔の子供の頃、俺は頼蔵に川に突き落とされたことがある。
いまのように寒い時期で、頼蔵には腹を抱えて笑われ、襟巻きから足袋まで濡れて凍え、帰宅してその有り様の理由を説明すれば父に叱られ、その後3日は風邪で寝込み、散々だった。
腹の立った俺は、嫌味には嫌味で返してやろうとしたが、
「あ、そう言えば、面白い菓子が手に入ったのですよ。これを殿のところに届けていただけますか?」
頼蔵は紙袋を差し出した。
中には、まだ湯気の立っているたい焼きが数匹、いや数個入っていた。
「よろしかったら頼兄殿もどうぞ食べてください」
頼蔵に言い返したい反面、殿様の御ためにはたい焼きを温かいうちに殿にお出ししなければならない。
俺は出掛かっていた言葉を飲み込んだあと、
「わかった。今から殿の部屋に行く」
と言って頼蔵の前をあとにした。
頼蔵には、殿様の御ためならば歯痒い場面でも引き下がる俺の性格を完全に逆手に取られてしまった。
その点がまた、頼蔵に対する嫌悪感をよりいっそう引き立てた。
殿にたい焼きを出すと、「冬はこういうのが美味しいね」と喜んで食べていた。
殿が食べたたい焼きは、すべて頭の先から尻尾の先まで餡が詰まっていたが、俺のたい焼きは尻尾がすかすかであった。
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