今日から8月になった。
ますます夏の遊びに励もうとする殿様の御ため、俺は今月も殿の教育兼補佐に励もうと思う。
殿から目を離せないので、今日はこれだけとする。
ますます夏の遊びに励もうとする殿様の御ため、俺は今月も殿の教育兼補佐に励もうと思う。
殿から目を離せないので、今日はこれだけとする。
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午後、部屋でひとり仕事をしていると、背後から聞き覚えの有る鳴き声が聞こえてきた。
殿のキジ馬だ。
また遊んで欲しがっているのかと思ったが、俺の着物の袖を引っ張って、どこかに連れて行きたがっているようであった。
殿になにかあったのかと訊くと、首…頭を振ったので、他事であることはわかった。
なにしろ殿のキジ馬であるので、ないがしろにはできない。
俺はキジ馬に先導されて行き、すると縁側に座り込んでいる見覚えの有る姿があった。
深水頼蔵であった。
書類の束を抱えたまま、この世の終わりのようにうつむいていた。
俺が近付くと、頼蔵は顔を上げてじっと俺を見つめた。
あまりに刺激が強すぎて、俺は若干眩暈がした。
が、頼蔵は、
「青い…」
と呟いて、「頼兄殿か?」と訊いてきた。
俺が毎日青い着物しか着ていないからと言って、俺を色で認識するな。
どうせ声でわかるだろうから、俺は頼蔵の質問には答えず、「なにをしている」と言った。
頼蔵は「いや…」と言いにくそうに顔を伏せた。
そのとき、キジ馬が地面を指して鳴き始めたので、その方向を見ると頼蔵の眼鏡が落ちていた。
俺はすべてに合点が行った。
どうやら、頼蔵がとある拍子に眼鏡を落として窮しているところをキジ馬が通り掛かり、しかしキジ馬にも助ける手立てが無かったので、俺を呼びに来たようだった。
俺は下におりて眼鏡を拾い、頼蔵の膝の上に置いてやった。
「かたじけない」
と頼蔵は眼鏡を掛けながら呟いた。
俺は、御家中一の近目男に「気をつけろ」とだけ言った。
ふと上に目をやると、階上の柵から身を乗り出し、和やかな表情で俺と頼蔵を見ている殿がいた。
どこか気恥ずかしい思いがしたが、とりあえず殿が危ないので、殿様の御ため、俺はキジ馬を抱えて階段に急いだ。
殿のキジ馬だ。
また遊んで欲しがっているのかと思ったが、俺の着物の袖を引っ張って、どこかに連れて行きたがっているようであった。
殿になにかあったのかと訊くと、首…頭を振ったので、他事であることはわかった。
なにしろ殿のキジ馬であるので、ないがしろにはできない。
俺はキジ馬に先導されて行き、すると縁側に座り込んでいる見覚えの有る姿があった。
深水頼蔵であった。
書類の束を抱えたまま、この世の終わりのようにうつむいていた。
俺が近付くと、頼蔵は顔を上げてじっと俺を見つめた。
あまりに刺激が強すぎて、俺は若干眩暈がした。
が、頼蔵は、
「青い…」
と呟いて、「頼兄殿か?」と訊いてきた。
俺が毎日青い着物しか着ていないからと言って、俺を色で認識するな。
どうせ声でわかるだろうから、俺は頼蔵の質問には答えず、「なにをしている」と言った。
頼蔵は「いや…」と言いにくそうに顔を伏せた。
そのとき、キジ馬が地面を指して鳴き始めたので、その方向を見ると頼蔵の眼鏡が落ちていた。
俺はすべてに合点が行った。
どうやら、頼蔵がとある拍子に眼鏡を落として窮しているところをキジ馬が通り掛かり、しかしキジ馬にも助ける手立てが無かったので、俺を呼びに来たようだった。
俺は下におりて眼鏡を拾い、頼蔵の膝の上に置いてやった。
「かたじけない」
と頼蔵は眼鏡を掛けながら呟いた。
俺は、御家中一の近目男に「気をつけろ」とだけ言った。
ふと上に目をやると、階上の柵から身を乗り出し、和やかな表情で俺と頼蔵を見ている殿がいた。
どこか気恥ずかしい思いがしたが、とりあえず殿が危ないので、殿様の御ため、俺はキジ馬を抱えて階段に急いだ。
昨日は仕事が長引いたため、日記を書く時間がなかった。
一昨日提案した御中元の品を準備し、殿に一筆添えてもらい、今日の朝一番に発送できるようにしていたら、気がつくと日付が変わっていた。
準備をしている最中に、殿が「きのこにかびは生えるのか」と訊いてきたため、それに答えていると時間が相当経ってしまっていた。
「菌糸類にも、もちろんかびは生えますよ」と答えると、殿は「菌に菌が生えるっておもしろいね」と感心していた。
突然なにを言い始めるのか。
殿は相良氏法度第3巻を読んでいると思っていたが、よく見ると「かび大全」だった。
殿様の御ため、その後つきっきりで勉強させたので、品を準備するだけで夕方になってしまったのだろう。
しかし、この時期に品物を送るだけで島津と加藤の機嫌を買えると思うと、これほど安い買い物はないと思われた。
これも殿様の御ため、相良のお家の御ためである。
一昨日提案した御中元の品を準備し、殿に一筆添えてもらい、今日の朝一番に発送できるようにしていたら、気がつくと日付が変わっていた。
準備をしている最中に、殿が「きのこにかびは生えるのか」と訊いてきたため、それに答えていると時間が相当経ってしまっていた。
「菌糸類にも、もちろんかびは生えますよ」と答えると、殿は「菌に菌が生えるっておもしろいね」と感心していた。
突然なにを言い始めるのか。
殿は相良氏法度第3巻を読んでいると思っていたが、よく見ると「かび大全」だった。
殿様の御ため、その後つきっきりで勉強させたので、品を準備するだけで夕方になってしまったのだろう。
しかし、この時期に品物を送るだけで島津と加藤の機嫌を買えると思うと、これほど安い買い物はないと思われた。
これも殿様の御ため、相良のお家の御ためである。
島津や加藤に御中元を出していないので、御中元を送ることにした。
殿に了解を得、送る品について相談した。
殿は、
「島津さんも加藤さんも、酒でいいんじゃないかな」
と言った。
なるほど加藤清正は、殿に負けず劣らず酒豪である。
さらに島津家は水代わりに酒を飲むという。
俺は「それがいいですね」と答え、銘柄はどうするかと訊いた。
すると殿は、
「そうだね。前、キジ馬に飲ませたら、あれが一番おいしいって言ってたよ」
飲ませたのかよ。
どうりで、この間、ただでさえ赤いキジ馬が余計に赤かったわけだ。
殿様の御ため、話は相談から説教になった。
今日は休日だった。
先週やり残した仕事も無かったので、二の丸に植えてあるイチョウの木の上で昼寝をした。
そこならば誰かに邪魔されることも、深水頼蔵に出会うこともない。
子供の頃は、木に登ったものの、よく下りられなくなっていた。
それでも自力で下りようとして、足を滑らせて落ちたり、仕方なく父が助けに来てくれたものだった。
父がそのとき、「おまえは猫か」とあきれていたのを、いまでも鮮明に思い出せる。
しばらく昼寝をしていると、下から殿の声が聞こえてきた。
「よりあに、桃もらったから一緒に食べよう」
殿はいつもの、まだ子供のような笑顔で俺を見上げていた。
足元にはキジ馬もいた。
俺は「ではご一緒させていただきます」と言って木から下り、殿とイチョウの木陰で桃を食った。
「よりあにって、名前は『犬』なのに、なんだか猫みたいだね」
殿はキジ馬に桃の欠片を与えながら、そう呟いた。
「高いところとか、あたたかいところが好きだし」
殿様の御ため、俺は「にゃー」と鳴いておいた。
殿は桃を喉に詰まらせていた。
先週やり残した仕事も無かったので、二の丸に植えてあるイチョウの木の上で昼寝をした。
そこならば誰かに邪魔されることも、深水頼蔵に出会うこともない。
子供の頃は、木に登ったものの、よく下りられなくなっていた。
それでも自力で下りようとして、足を滑らせて落ちたり、仕方なく父が助けに来てくれたものだった。
父がそのとき、「おまえは猫か」とあきれていたのを、いまでも鮮明に思い出せる。
しばらく昼寝をしていると、下から殿の声が聞こえてきた。
「よりあに、桃もらったから一緒に食べよう」
殿はいつもの、まだ子供のような笑顔で俺を見上げていた。
足元にはキジ馬もいた。
俺は「ではご一緒させていただきます」と言って木から下り、殿とイチョウの木陰で桃を食った。
「よりあにって、名前は『犬』なのに、なんだか猫みたいだね」
殿はキジ馬に桃の欠片を与えながら、そう呟いた。
「高いところとか、あたたかいところが好きだし」
殿様の御ため、俺は「にゃー」と鳴いておいた。
殿は桃を喉に詰まらせていた。