殿の母君はここ数日願成寺に用事があったようだが、今日城に戻られたということで、早速椎葉の報告をするために部屋に伺った。
「そうでしたか…それは残念です」
あと一息で縁談が成立する間際に、政が絡んで話が打ち切られたことを了心尼は嘆いていた。
「しかし、それも娘を想う親心が為したこと。どうか那須家を恨まぬよう」
母君は、さすが子を持つ母らしく、那須家に同情さえ抱いている様子だった。
「娘本人がまた来て欲しいと願っているのならば、時機を待って、また迎えに行ってもらえますか」
「もちろんです。情勢を安定させ次第、必ず露袈裟殿をお迎えに参ります」
そう言うと、了心様は安心したように微笑んだ。
「ところで、義弘様は誠に島津家の方なのですか」
よく意図がわからず意味を問うと、どうやら、先日義弘がわざわざ挨拶をしに部屋に訪ねてきたらしく、その振る舞いようが薩摩の名家の者とは思えなかったようである。
「確かに言動は大らかですが、その性格ゆえに、殿にとっては島津家中のなかで最も付き合いやすい人物です」
「左様でしたか。そのような方がこちらに来てくださると、殿も助かるでしょうね」
まったくもってその通りである。
こちらにとって動きやすい相手ならば、この難事もいくらか楽になるのである。
殿様の御ため、これ以上島津の干渉が進まぬよう、お家の在り方にも強い堤防を作らねばならない。
しかし、了心様と話している最中にも、障子を締め切っているにも関わらずやかましく聞こえてくる義弘の声だけは、どうにもならない。
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