天気が良かったので、縁側で陽に当たってぼんやりとしていた。
すると、庭の隅にいた1匹の猫と目が合った。
暇なのでそのまま目線を合わせていると、猫がこちらにやってきた。
足元まで来ると縁側に飛び上がり、俺を見上げて鳴いた。
俺は喉元を撫でてやった。
嫌がりもせず、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
俺は昔から人を寄せ付けないのだが、どういう訳か猫には懐かれやすい。
似たようなものでも感じているのだろうか。
猫嫌いでもないので、不快ではない。
俺は猫を抱き上げ、膝の上に乗せた。
すぐに猫は丸くなり、あくびをして眠った。
おとなしいものだ。
まだ殿が幼い頃は、とにかく動きたがる殿を抱えて仕事をしていたものだった。
あれから10年以上経ち、殿も元服して一応は大人になった。
「殿のご子息の御ため」から「殿様の御ため」になり、奉公の仕方もずいぶんと変わった。
これが生涯続けば良い。
気持ちいい眠気を感じながら、俺はそう思った。
上の階から、殿がキジ馬と遊ぶ声が聞こえていた。
平穏だった。
すると、庭の隅にいた1匹の猫と目が合った。
暇なのでそのまま目線を合わせていると、猫がこちらにやってきた。
足元まで来ると縁側に飛び上がり、俺を見上げて鳴いた。
俺は喉元を撫でてやった。
嫌がりもせず、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
俺は昔から人を寄せ付けないのだが、どういう訳か猫には懐かれやすい。
似たようなものでも感じているのだろうか。
猫嫌いでもないので、不快ではない。
俺は猫を抱き上げ、膝の上に乗せた。
すぐに猫は丸くなり、あくびをして眠った。
おとなしいものだ。
まだ殿が幼い頃は、とにかく動きたがる殿を抱えて仕事をしていたものだった。
あれから10年以上経ち、殿も元服して一応は大人になった。
「殿のご子息の御ため」から「殿様の御ため」になり、奉公の仕方もずいぶんと変わった。
これが生涯続けば良い。
気持ちいい眠気を感じながら、俺はそう思った。
上の階から、殿がキジ馬と遊ぶ声が聞こえていた。
平穏だった。
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秋に入る風呂は良い。
空気は冬のように冷たすぎず、澄んだ夜空が美しい。
虫の鳴き声を聞きながら、ゆっくりと湯に浸かることができる。
風呂に入る時間は、殿の前を失礼して自室に下がる夜8時ごろだ。
都合によって、湯は川の水を沸かしたものや球磨の温泉水が使われている。
やはり温泉水のほうが滑らかで温かく感じられる。
仕事をしていると、面白くないことも、やりがいのあることも両方あるものだ。
城勤めを始めた頃は、仕事の勝手や人間関係の在り方が分からず、不甲斐ない思いを幾度も繰り返した。
神経の太い俺でも、それなりに落ち込んだものだった。
それを忘れられる場所が風呂だった。
ただ湯に浸かり、外を眺めていただけだが、なににも流されずに己の流れを作り上げている景色を見ていると、自分の置かれている状況など気にするまでもないことだと考えることができた。
そして、時が経つにつれて、とにかく仕事場に自分の居場所を作るため、自分を守るための仕事ではなく、殿様の御ための仕事を考えられる余裕が生まれてきた。
いまの俺が家臣として可であるか不可であるかは置いておいて、俺のすべては風呂で休息を入れることから始まった。
現在もそれは変わらない。
殿様の御ためを考え直し、より良くしていくための場所である。
空気は冬のように冷たすぎず、澄んだ夜空が美しい。
虫の鳴き声を聞きながら、ゆっくりと湯に浸かることができる。
風呂に入る時間は、殿の前を失礼して自室に下がる夜8時ごろだ。
都合によって、湯は川の水を沸かしたものや球磨の温泉水が使われている。
やはり温泉水のほうが滑らかで温かく感じられる。
仕事をしていると、面白くないことも、やりがいのあることも両方あるものだ。
城勤めを始めた頃は、仕事の勝手や人間関係の在り方が分からず、不甲斐ない思いを幾度も繰り返した。
神経の太い俺でも、それなりに落ち込んだものだった。
それを忘れられる場所が風呂だった。
ただ湯に浸かり、外を眺めていただけだが、なににも流されずに己の流れを作り上げている景色を見ていると、自分の置かれている状況など気にするまでもないことだと考えることができた。
そして、時が経つにつれて、とにかく仕事場に自分の居場所を作るため、自分を守るための仕事ではなく、殿様の御ための仕事を考えられる余裕が生まれてきた。
いまの俺が家臣として可であるか不可であるかは置いておいて、俺のすべては風呂で休息を入れることから始まった。
現在もそれは変わらない。
殿様の御ためを考え直し、より良くしていくための場所である。
「よりあに、これ見てよ」
また押入れを漁っていた殿が弾んだ声を上げた。
筆を止めてそちらを見ると、殿はお手玉を持っていた。
布の切れ端を寄せ集めて作られた、模様に統一性のないものだった。
「昔、よりあにのお姉さんが作ってくれたやつだよ」
殿はそう言うと、押入れの前でお手玉を放って遊び始めた。
小さい頃の殿はしょっちゅう俺の実家に行きたがり、俺もよく連れて行ったものだった。
そこで近所の子供たちと遊んだり、姉に甘えて可愛がってもらったりしていた。
きっとお手玉遊びも姉に教えてもらったのだろう。
娘の遊びを男に教えるのは如何なものかと俺は思っていたが、殿は楽しそうに姉と遊んでいた。
そして、今日殿が見つけたのは、そのとき姉が殿のためにこしらえたものだった。
俺はまったく関わっていないと言えど、身内が作ったものを殿が未だに持っていてくれているとは嬉しいものだ。
滞りなく放られる2つのお手玉に引かれたのか、キジ馬が寄ってきて興味津々に見つめ始めた。
観客ができて調子付いてきた殿は、お手玉の数を次第に増やしていった。
3つ、4つ、5つ、6つ、7つ…。
数が増える度にキジ馬は喜んでいたが、5つ目辺りから俺は驚きを通り越してなにか呆れのような感情を覚えた。
殿は常人離れした器用さを備えているらしい。
殿様の御ため、俺はそれを活かす方法を考えたが、忘年会の一芸披露の場しか思いつかなかった。
また押入れを漁っていた殿が弾んだ声を上げた。
筆を止めてそちらを見ると、殿はお手玉を持っていた。
布の切れ端を寄せ集めて作られた、模様に統一性のないものだった。
「昔、よりあにのお姉さんが作ってくれたやつだよ」
殿はそう言うと、押入れの前でお手玉を放って遊び始めた。
小さい頃の殿はしょっちゅう俺の実家に行きたがり、俺もよく連れて行ったものだった。
そこで近所の子供たちと遊んだり、姉に甘えて可愛がってもらったりしていた。
きっとお手玉遊びも姉に教えてもらったのだろう。
娘の遊びを男に教えるのは如何なものかと俺は思っていたが、殿は楽しそうに姉と遊んでいた。
そして、今日殿が見つけたのは、そのとき姉が殿のためにこしらえたものだった。
俺はまったく関わっていないと言えど、身内が作ったものを殿が未だに持っていてくれているとは嬉しいものだ。
滞りなく放られる2つのお手玉に引かれたのか、キジ馬が寄ってきて興味津々に見つめ始めた。
観客ができて調子付いてきた殿は、お手玉の数を次第に増やしていった。
3つ、4つ、5つ、6つ、7つ…。
数が増える度にキジ馬は喜んでいたが、5つ目辺りから俺は驚きを通り越してなにか呆れのような感情を覚えた。
殿は常人離れした器用さを備えているらしい。
殿様の御ため、俺はそれを活かす方法を考えたが、忘年会の一芸披露の場しか思いつかなかった。
昼食の支度で台所が忙しなくなる前に、俺は茶を貰いに行った。
殿のぶんを合わせて2杯淹れるように言い、なにげなく調理場のほうを見ると、蓮根の入ったざるが台の上に並んでいた。
すると、俺の視線に気が付いたらしい者が、
「本日のご昼食にお出しする蓮根です。ほかの野菜と一緒に、煮付けにさせていただく予定です」
と言った。
「煮るのか」
俺は茶の入った湯呑みを受け取りながら呟いた。
「俺には料理の都合はわからないが、天ぷらにするのは無理なのか」
「いいえ。もちろん天ぷらにもできます」
台所の者は即答した。
「ではそうしてくれ」
俺は献立を変更させ、部屋に戻ろうとしたが呼び止められた。
「あの、殿様は煮物がお嫌いなのでしょうか」
恐る恐ると言ったふうに少し頭を下げ、その者は緊張した面持ちでそう訊ねた。
どうやら俺は誤解を与えてしまったらしい。
「それは違う。ただ、煮物より揚げ物のほうが腹が太るので、殿様の御ためには天ぷらのほうが良いだろうと考えただけだ」
理由を告げると、台所の者たちの表情がやわらかくなり、緊張が解けたようだった。
「むしろ、殿はお前たちの作った料理がほんとうに好きだ。いつも美味そうに食べている。それに加えて、殿が体調を崩さず健康でいられるのは、食事のおかげだと言える。これからも仕事に励んでくれ」
俺は今度こそ台所を後にした。
深水頼蔵の良いところを本人に3つ告げる話を受け、今日は2つ目を実行した。
頼蔵は城中の交友関係が広い。
見掛ける度に誰かと話しており、休日はよく家臣同士で誘い合って飲みに行っているらしい。
これについて考えを詰めていくと、またひとつ奴の長所を見出すことができた。
「お前は人付き合いが上手いな」
廊下で奴が岡本頼氏殿と別れたところを見計らい、俺がそう言うと、頼蔵は、
「ただそういう性分であるだけですよ」
人と話すのが好きなので、人を求める結果、傍目にはそう見えるだけだ、と頼蔵は微笑んだ。
「味方は多いほうがいい。俺などより、お前の性格のほうが世を上手く渡れるだろう」
つい俺は思ったことをそのまま口にしてしまい、また嫌味のようなことを言ってしまった。
が、頼蔵はいつものように嫌味を返すこともせず、呟いた。
「上面だけで群れていて、味方ですか。互いに本音を晒すこともできずに、味方とは言えません」
意外なほどに深刻な顔をした頼蔵に、俺は内心驚いた。
「私は、できることなら」
頼蔵は続けた。
「信念やら本音やらを堂々と語ってくれるあなたとこそ、味方になりたいものです。芯の強い人間ほど凶器ですが、自分の近くにいれば、これほど頼もしい相手はいませんよ」
これが頼蔵の本音なのか、違うのか。
俺をたぶらかす策なのか、違うのか。
これまで様々な人間と政治的・心情的な駆け引きを繰り返してきたが、頼蔵の頭の中はわからなかった。
それがわかったとき、俺と深水頼蔵の人間関係において、殿様の御ためにすべきほんとうのこともわかるのであろう。
頼蔵は城中の交友関係が広い。
見掛ける度に誰かと話しており、休日はよく家臣同士で誘い合って飲みに行っているらしい。
これについて考えを詰めていくと、またひとつ奴の長所を見出すことができた。
「お前は人付き合いが上手いな」
廊下で奴が岡本頼氏殿と別れたところを見計らい、俺がそう言うと、頼蔵は、
「ただそういう性分であるだけですよ」
人と話すのが好きなので、人を求める結果、傍目にはそう見えるだけだ、と頼蔵は微笑んだ。
「味方は多いほうがいい。俺などより、お前の性格のほうが世を上手く渡れるだろう」
つい俺は思ったことをそのまま口にしてしまい、また嫌味のようなことを言ってしまった。
が、頼蔵はいつものように嫌味を返すこともせず、呟いた。
「上面だけで群れていて、味方ですか。互いに本音を晒すこともできずに、味方とは言えません」
意外なほどに深刻な顔をした頼蔵に、俺は内心驚いた。
「私は、できることなら」
頼蔵は続けた。
「信念やら本音やらを堂々と語ってくれるあなたとこそ、味方になりたいものです。芯の強い人間ほど凶器ですが、自分の近くにいれば、これほど頼もしい相手はいませんよ」
これが頼蔵の本音なのか、違うのか。
俺をたぶらかす策なのか、違うのか。
これまで様々な人間と政治的・心情的な駆け引きを繰り返してきたが、頼蔵の頭の中はわからなかった。
それがわかったとき、俺と深水頼蔵の人間関係において、殿様の御ためにすべきほんとうのこともわかるのであろう。