盆も終わりが近づき、里帰りしていた者たちが続々と城に帰ってきている。
島津義弘も帰省、と言うよりも兄により薩摩へ強制送還されていたが、それもそろそろこちらにやって来る頃であろう。
俺は昨日1日休みをいただき、実家に戻って先祖の墓参りをした。
ちょうど姉上と子供達も帰っていたので、父上は何時に無く上機嫌であった。
「ところで、義弘殿はどんな様子だ」
酒の席に移り、二人になると、父はふと表情を引き締めた。
「どのような様子かと申しますと…」
俺は義弘がいた頃のことを回想した。
しかし、思い付いたのはたったひとつのことであった。
「日々、薩摩揚げを作り城中の者に食わせております」
父は、摘もうとしていた漬物を箸から滑らせた。
「工事には大して気を掛けていない様子で、兄がいない開放感のためか、精一杯羽を伸ばしております」
「そうか、成程。だから時折、城から油のにおいがしておったのか」
父は不快とも苦笑いともつかぬ顔をした。
俺は酌をしながら、
「殿様の御ため、まずは薩摩揚げの過食から殿をお守りすることが先決だと考えております」
と、あの油気の多い食い物を思い浮かべた。
「なんとも、島津の珍妙な戦法には毎度惑わされるものだ」
捨てがまり、釣り野伏、薩摩揚げ。
薩摩というくにを、初めて愉快なくにだと思った。
島津義弘も帰省、と言うよりも兄により薩摩へ強制送還されていたが、それもそろそろこちらにやって来る頃であろう。
俺は昨日1日休みをいただき、実家に戻って先祖の墓参りをした。
ちょうど姉上と子供達も帰っていたので、父上は何時に無く上機嫌であった。
「ところで、義弘殿はどんな様子だ」
酒の席に移り、二人になると、父はふと表情を引き締めた。
「どのような様子かと申しますと…」
俺は義弘がいた頃のことを回想した。
しかし、思い付いたのはたったひとつのことであった。
「日々、薩摩揚げを作り城中の者に食わせております」
父は、摘もうとしていた漬物を箸から滑らせた。
「工事には大して気を掛けていない様子で、兄がいない開放感のためか、精一杯羽を伸ばしております」
「そうか、成程。だから時折、城から油のにおいがしておったのか」
父は不快とも苦笑いともつかぬ顔をした。
俺は酌をしながら、
「殿様の御ため、まずは薩摩揚げの過食から殿をお守りすることが先決だと考えております」
と、あの油気の多い食い物を思い浮かべた。
「なんとも、島津の珍妙な戦法には毎度惑わされるものだ」
捨てがまり、釣り野伏、薩摩揚げ。
薩摩というくにを、初めて愉快なくにだと思った。
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今日日記を開いてみて初めて、一昨日から2年目に入っていたことに気が付いた。
上井覚兼風情が書くならばと書き始め、そして実際に覚兼に会うこともあった。
この1年の間に様々な人に会い、様々な殿様の御ためを行ってきたものだと改めて感じ入る。
さて、今日は七夕であった。
去年と同じように、今年も短冊に各々の願い事を書き、梅おろしの入った素麺が用意された。
ただ、異なることと言えば島津義弘がいることである。
周囲が宴会をしているさなか、好奇心で彼の短冊を見てみると、そこには「加藤清正に会いたい」と書かれていた。
「薩摩で書いたら、きっと兄貴がうるさいだろうからな。清正みてぇな強いやつに会いたいと思って、なにが悪いんだろうな」
義弘はそう言って、自分で収穫した茄子の煮付けを食っていた。
「よりあには、なんて書いたの」
殿はほろ酔いの顔色で、短冊の内容を訊ねた。
「相良家繁栄、と書きました」
俺の答えに殿は「そうか」と頷き、
「でも、それくらいならよりあにが自分で叶えちゃいそうだよね。お願いするまでもなく」
と、愛想よく笑った。
「殿様の御ため、ご期待に応えて参りましょう」
いつの間にか、離れたところで、島津義弘が2杯目の素麺を要求していた。
上井覚兼風情が書くならばと書き始め、そして実際に覚兼に会うこともあった。
この1年の間に様々な人に会い、様々な殿様の御ためを行ってきたものだと改めて感じ入る。
さて、今日は七夕であった。
去年と同じように、今年も短冊に各々の願い事を書き、梅おろしの入った素麺が用意された。
ただ、異なることと言えば島津義弘がいることである。
周囲が宴会をしているさなか、好奇心で彼の短冊を見てみると、そこには「加藤清正に会いたい」と書かれていた。
「薩摩で書いたら、きっと兄貴がうるさいだろうからな。清正みてぇな強いやつに会いたいと思って、なにが悪いんだろうな」
義弘はそう言って、自分で収穫した茄子の煮付けを食っていた。
「よりあには、なんて書いたの」
殿はほろ酔いの顔色で、短冊の内容を訊ねた。
「相良家繁栄、と書きました」
俺の答えに殿は「そうか」と頷き、
「でも、それくらいならよりあにが自分で叶えちゃいそうだよね。お願いするまでもなく」
と、愛想よく笑った。
「殿様の御ため、ご期待に応えて参りましょう」
いつの間にか、離れたところで、島津義弘が2杯目の素麺を要求していた。
気に留めぬままに日が過ぎていた。
その間に、島津義弘は二の丸に茄子の苗を植えていた。
もうどうにでも好きなようにするといい。
俺は、深水頼蔵が城下の商人から借りてきた金の残高や、人夫の賃金の確認に時間を使いたい。
この作業が頼蔵との協同作業であるからには、早々に終わらせて普段の仕事に戻りたいのである。
とは言っても、義弘の茄子が好きな殿様の御ためには、黙認せざるを得ないということもある。
加えて、茄子ほどで指摘する狭量な家臣を見せ、殿に恥をかかせるわけにもいかない。
このような気を遣うことのないよう、いつの日か相良のお家が薩摩を呑み込むことを切に願う。
その間に、島津義弘は二の丸に茄子の苗を植えていた。
もうどうにでも好きなようにするといい。
俺は、深水頼蔵が城下の商人から借りてきた金の残高や、人夫の賃金の確認に時間を使いたい。
この作業が頼蔵との協同作業であるからには、早々に終わらせて普段の仕事に戻りたいのである。
とは言っても、義弘の茄子が好きな殿様の御ためには、黙認せざるを得ないということもある。
加えて、茄子ほどで指摘する狭量な家臣を見せ、殿に恥をかかせるわけにもいかない。
このような気を遣うことのないよう、いつの日か相良のお家が薩摩を呑み込むことを切に願う。
島津義弘がうるさい。
島津義弘がうるさい。
島津義弘がうるさい。
とうとう梅雨に入り、工事を思うように進められない時期になった。
稲には雨が必要であるが、球磨川が過度に増水しない程度であればと願う。
殿は義弘の接待だか遊びだか知らないが、変わらず毎日騒いでいる。
確かに、島津家との関係が上手くいけばそれ以上のことはない。
しかし、山のような仕事を放棄して接待に明け暮れられると困ったものだ。
殿しか採決できない案件もあるのである。
久々に日記を開いたにも関わらず、愚痴のようなことばかりを並べてしまった。
ここは、俺が殿様の御ために我慢するべきなのであろう。
たとえ気に食わないことがあろうと、深水頼蔵に嫌味を5つ6つ言えば収まるものだ。
島津義弘がうるさい。
島津義弘がうるさい。
とうとう梅雨に入り、工事を思うように進められない時期になった。
稲には雨が必要であるが、球磨川が過度に増水しない程度であればと願う。
殿は義弘の接待だか遊びだか知らないが、変わらず毎日騒いでいる。
確かに、島津家との関係が上手くいけばそれ以上のことはない。
しかし、山のような仕事を放棄して接待に明け暮れられると困ったものだ。
殿しか採決できない案件もあるのである。
久々に日記を開いたにも関わらず、愚痴のようなことばかりを並べてしまった。
ここは、俺が殿様の御ために我慢するべきなのであろう。
たとえ気に食わないことがあろうと、深水頼蔵に嫌味を5つ6つ言えば収まるものだ。
殿の母君はここ数日願成寺に用事があったようだが、今日城に戻られたということで、早速椎葉の報告をするために部屋に伺った。
「そうでしたか…それは残念です」
あと一息で縁談が成立する間際に、政が絡んで話が打ち切られたことを了心尼は嘆いていた。
「しかし、それも娘を想う親心が為したこと。どうか那須家を恨まぬよう」
母君は、さすが子を持つ母らしく、那須家に同情さえ抱いている様子だった。
「娘本人がまた来て欲しいと願っているのならば、時機を待って、また迎えに行ってもらえますか」
「もちろんです。情勢を安定させ次第、必ず露袈裟殿をお迎えに参ります」
そう言うと、了心様は安心したように微笑んだ。
「ところで、義弘様は誠に島津家の方なのですか」
よく意図がわからず意味を問うと、どうやら、先日義弘がわざわざ挨拶をしに部屋に訪ねてきたらしく、その振る舞いようが薩摩の名家の者とは思えなかったようである。
「確かに言動は大らかですが、その性格ゆえに、殿にとっては島津家中のなかで最も付き合いやすい人物です」
「左様でしたか。そのような方がこちらに来てくださると、殿も助かるでしょうね」
まったくもってその通りである。
こちらにとって動きやすい相手ならば、この難事もいくらか楽になるのである。
殿様の御ため、これ以上島津の干渉が進まぬよう、お家の在り方にも強い堤防を作らねばならない。
しかし、了心様と話している最中にも、障子を締め切っているにも関わらずやかましく聞こえてくる義弘の声だけは、どうにもならない。